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LIMBO-54ストーリー概要

■ ストーリー概要

はるか昔、この星は216のサインズで満たされていた。

しかし、この星は歴史のうんと早い時期に大事なサインズを失った。 それは、後に"LIMBO-54"と呼ばれるようになったサインズである。 そのサインズを失ったことにより、不和、不均衡、殺戮、略奪、狂気、無関心が蔓延し、 他のサインズも次々と失われ、ついに216あったこの星のサインズは108にまで減少した。
そして、この星は「BLUE LIMBO」となった。
失われた108つのサインズはLIMBOと呼ばれ、別々の星に保管されて、今も振動している。 思いだそう。この星が真っ先に失ったサインズ(LIMBO-54)がどんなものだったかを。 それは、あらゆるバカげたことをバカげたことと判断するのに必要なサインズ。 デタラメをデタラメと見ぬくサインズであったのだ。



この星で最も悲惨な二つのボワファイが使われた。 最も悲惨な二つのボワファイは、星星の位置を微妙にずらしてしまう。 結果、失われた108のLIMBOと地球の108のサインズが干渉し、宇宙空間に一人の人間像を結んだ。 彼は216のサインズで出来ている。 彼の名は「ルーク・サトワン・コンディアオ」。 またの名を"本物のヒラサワ"という。



激しい閃光と衝撃。ナノ重複が発生した。

ナノ重複により、この星は楽園のように再生した。 ただひとつの違い「人類が居ないこと」を除けば。 ナノ重複後の世界に人類を発生させるには、元居た人類のうち、 誰一人として欠けてなならないのだ。

ナノ重複の瞬間、ヒラサワはBLUE LIMBOに居なかったのである。

楽園のように再生した星を満足げに見守るルーク・サトワン・コンディアオ(本物のヒラサワ)へ向けて ヒラサワは懇願する。「もう一度やらせてくれ!」と。
ルーク・サトワン・コンディアオにとって人類は「ボワファイをこよなく愛する種族」であり 「人を殺めるためにボワファイを使い、そしてそこから利益を得る者がいる種族」であるのだ。 ルーク・サトワン・コンディアオはヒラサワに尋ねる「人類は責任を負えるのか?」と。
ヒラサワが望むのであれば88分前に戻ることができる。 ただし、88分前には、生存の確率下にあるもう一人のヒラサワが存在しており、 彼もナノ重複を目指しており話はややこしくなってくる。 ここでルーク・サトワン・コンディアオと対面しているヒラサワを便宜上「ヒラサワA」、 88分前に生存の確率下にあるもう一人のヒラサワを「ヒラサワB」と呼ぶ。 ヒラサワAが再びナノ重複を起こせば、ヒラサワAは生存の確率下へと移行し、AとBは統合される。

88分前に戻すかどうか、ルーク・サトワン・コンディアオからヒラサワAへ最後の質問が投げかけられる。
ヒラサワAの口から出た言葉は「やる」という決意に満ちた一言だった。

「可逆時計」が逆回転を始める。歴史は88分間だけやり直しを許された。

ヒラサワAはGREEN-LIMBOにまたがった。
4つの共鳴台に4つの"しるし"が乗せられる時、再びナノ重複が起こる。
ナノ重複を起こすためにヒラサワをサポートする集団は2つに分けられる。

ひとつの集団は「DANCER」と呼ばれる、LIMBO-8、LIMBO-16、LIMBO-24、そしてLIMBO-54呼び寄せる 4つの"しるし"を探す者達。 彼らはルーク・サトワン・コンディアオが準備したLIMBO-SCOPEを使い、 "しるし"を探し出さなければならない。 しかし、"しるし"を探すのは命がけである。爆発物に触れて爆発することがあるからだ。

もうひとつの集団は「オーディエンス」と呼ばれる、4つの共鳴台を探し出し、 4つの"しるし"をそこへ乗せる者達。 彼らは迷路のような道を通り抜け、4人の重複僧侶を探し、その僧侶たちから 共鳴台を受け取らなければならない。 オーディエンスの進む道は険しい。ある時は怒り狂うインドラの脇をすり抜けなければならならず、 またある時はヒラサワBを妨害し、ヒラサワAが追い越すことを協力しなければならない。

オーディエンスの協力を得て進むヒラサワAの前に新たな敵が現れた。 彼らの名は「プラネット・イーグル」。気をつけなければならない。 彼らは気高い名前とは裏腹に、この星より先にBLUE LIMBOと化した惑星に住む筋金入りの集団なのだ。

プラネット・イーグルがボワファイを使い、爆発が起きた。
ボアファイが落とされた一面が火の海となる。
この悲惨な状況を忘れてはならない…。
そして、実はプラネット・イーグルにもナノ重複を目指す人々が居る。
聴け!このLoveSongを。
思い出すのだ。我々が何を失ったのか。何を取り戻すために進んでいるのかを。

さらに進むヒラサワAの前に"梵クラフト"という乗り物が登場した。 ルーク・サトワン・コンディアオがヒラサワAに乗るようにすすめているが、 ヒラサワAは答える。
「その手はくわない。煩悩の塊がこいつに乗れば、無敵の気分になる。 どこまでも飛んで行って帰れなくなる。おかげでナノ重複に間に合わなくなったんだ。 だから私は乗らない」

"梵クラフト"にはヒラサワBが乗る。そして彼はどこまでも飛んでいくのであった。
ナノ重複において人類を再生させるには誰一人として欠けてはならない。 逆に、ヒラサワAとBが同時に存在することもあってはならない。 ヒラサワBがどこまでも飛んでいくことで、この星にはヒラサワAだけが残った。

残された時間は少ない。こうしている間にも、失われたサインズを必要とする出来事が、 どんどんこの星から離れて行く。 いよいよ最後の地点だ。このまま進めば間違いなく最後の僧侶の場所に行ける。

4人目の重複僧侶が現れ、最後の共鳴台を入手した。4つの"しるし"は4つの共鳴台に 置かれ、全ての作業は成功した。

ルーク・サトワン・コンディアオは語る。

「おめでとう。ナノ重複のための条件が揃ったようだ。 ナノ重複とは、現在オマエたちのBLUE LIMBOのある場所から、 1ナノ・メートル(10のマイナス9乗メートル)ずれた位置で 216種類すべての振動を干渉させ、 新たな惑星と、その上にあるべき全てのものの像を結ばせることだ。 つまりオマエたちは、タバコの煙の一粒の10分の1の距離を 移動した場所に、しばしの間重複して存在することになる。 しかし、BLUE LIMBOはじきに消え、新しい惑星が残る。 そこに住むオマエたちは、216のサインズを全て持つ、 人類の初期形態、ルーク・サトワンとなるのだ。 しかし、油断してはならない。 216のサインズの中に引き継がれた108のサインズは結託して、 常にオマエたちにボワファイを使わせようと誘惑し続けるだろう。 かつてLIMBOとして失い、そして帰還した108のサインズを使い、 その誘惑をどう切りぬけるか、という課題が残される」

「さあ、ナノ重複が始まるぞ、しっかりと見届けるんだ。 ふたつのビームが交差する点にLIMBO-54が帰還する」

"ナノ重複"が起こった。

ルーク・サトワン・コンディアオが消える時が来た。 ヒラサワA、B、そして本物のヒラサワ(ルーク・サトワン・コンディアオ)が1つとなる。

人類が取り戻した108のサインズが一つひとつ、読み上げられていく…。

■ 考察

1. LIMBO-54

渋谷タワレコで行われたのインストアイベント(2003/03/22)において平沢氏は 「LIMBO-54」という響きが「何かの元素のような、放射性物質のような印象を受けた」 ので、そう名付けたと言っていた。 これは例えばウラン235(天然の物質で唯一、核燃料になる物質) のような ニュアンスなのではないかと思われる。
ところでBAD ENDINGの場合、最後の方にLIMBO-01、LIMBO-02という単語が出てくるのですが それじゃLIMBO-99までしかいかないじゃん!と心の中でツッコミをいれてみた。 108とか216とか3桁まであるんだからLIMBO-001とすべき(笑)。


2. ボアファイ

ボワファイは核を暗喩していると思われ、 「最も悲惨な二つのボワファイ」は広島、長崎を連想させる。


3. プラネットイーグル

プラネット・イーグルはアメリカを暗喩しているように思われる。
「プラネット・イーグルにもナノ重複を目指す人々が居る。」とは、 「LoveSong」の美しいPVを作ったテリーさん達の事をと表現しているのではないか思われる。 プラネットイーグル〜LoveSongはそう思って見るとさらに感動的。 ただ、この「プラネット・イーグルにもナノ重複を目指す人々が居る。」という文章は DANCERのメッセージには表示されるが、会場では表示されていなかったように思う。


4. サトワン暦8888

サトワン歴8888年はGOOD ENDINGで流れる曲であり、 渋谷タワレコで行われたのインストアイベントに平沢氏は 現代(2003年)はサトワン歴8888年だと語った。 すると、サトワン歴8869は西暦1984年に相当する(のか?)。 「1984年」といえば、ジョージ・オーウェル著の同名のSF小説が思い出される。 興味のある方は一読の価値あり?


5. Limbo

最初に書いておくが、どうでもいい話である(笑)。
平沢氏は「Limbo」という自転車を購入し、その「Limbo」をアルバムやインタラのキーワードとした。 そもそも「limbo(リンボ)」という単語は「辺獄」と訳され、一般にはカトリック用語であるそうである。 であるからして、歌のタイトル等にはよく使われる(そういえばYMOの曲にもlimboというタイトルのものがあった)。
平沢氏も雑誌などで自分の乗っている自転車がそのような意味を持っていることに 興味を覚えた…というようなことを語っているが、それはちょっとどうかなー(笑)。
Limboを製造したメーカであるburleyのサイトを見る限り、 Canto(イタリア語で歌)、Taiko(太鼓)、Hepcat(スイングジャズ愛好家)、Django(著名なジャズギタリスト)、 と音楽に関係する名前ばかりを自転車につけている。ということはLimboも当然リンボダンスのリンボであって、 自転車に乗った姿がリンボダンスのように体を倒していることに関係しているに違いない。
だから平沢氏の乗っている自転車は「辺獄」じゃなくて「リンボーダンス」の方なのだが(笑)。




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